欲求−なぜ、したいことだけしてはだめなのか−

はじめに
   「自由」は現代社会におけるもっとも重要な言葉一つでしょう。現代社会を自由主義社会と呼ぶこともあります。例えば、百科事典の自由主義という項目には「人間は何ものにも拘束されずに自分の幸福と安全を確保するために自由に判断し行動できる存在となるべきことを主張した思想である。したがって自由主義は近代民主主義思想史全体を貫くもっとも基本的な思想原理といえる。」と書かれています(小学館スーパーニッポニカ)。平たく言えば、人は「したいことができる」べきだ、という考えでしょう。大衆消費社会である現代の産業は、人々が「したいことができる」ように発展してきたと言えます。食べたい物、着たい服、いきたい場所への旅行、見たいものをいつでも見ることができるスマートフォンなどなど。我々の様々な欲望や欲求を満たしてくれます。
   もちろん、自由主義といっても何をしても構わないということではありません。「タバコを吸いたい」からといって、どこでも好きなところでタバコを吸っていては他人に迷惑をかけることになりますし、人間の際限のない欲望が大量生産・大量消費を必要とし地球環境を悪化させています。では、他人に迷惑をかけず環境を悪化させないのであれば、「したいことをする」方が良いのでしょうか。したいことばかりしていてはダメになると言われますし、欲望や欲求の追及は、どちらかというと否定的ニュアンスを持った言葉として使われます。大量消費社会となった現代のみならず、欲望・欲求に振り回されない生き方の称揚、節制の美徳は、宗教や道徳として歴史上繰り返し主張されてきました。
   「したいことをする」ことの是非は宗教や道徳だけの問題でしょうか。そもそも人はなぜ「…したい」という気持ちになるのでしょうか。気持ち、なのですから人の心の問題です。心理学では「…したい」という気持ち、欲望や欲求をどう捉えているのでしょうか。

   (1)では、欲求のままに生きていてはなぜだめなのか進化論的視点から考えます。ただ、欲求や「…したい」という気持ちは、複雑な心の働きです。(2)では心理学が欲求をどうとらえていくか見ていき、次いで(3)では「…したい」という気持ちについて考えます。
   ここで取り扱うのは、我々が普段感じる欲求、「…したい」という気持ちであって、病的な依存症(薬物依存、ギャンブル依存など)とその治療の問題ではありません。病的な依存症については心理学や医学の分野に多くの解説があるのですが、日常的な欲求について論じることが少ないのです。

神戸松蔭女子学院大学心理学科   待田昌二
2014年10月