神戸松蔭女子学院大学図書館 今月の展示

近代日本で一番読まれた雑誌「キング」
 (2004年11月24日〜12月6日)

  ここに展示しているのは、「キング」という大衆娯楽雑誌です。実はこの雑誌、日本で初めて100万部を突破した雑誌なのですが、ご存知でしたか?


書物の大衆化
 月刊誌や週刊誌などの雑誌が発行されると、国内のどこにいても、ほとんどの人がほぼ同時に入手することが出来ます。今では珍しくもないことですが、これらのことは、大量でしかも安価な書物を作る技術と、出来た書物を短時間に全国に配布できる流通網の整備によって、可能になりました。
 雑誌製作の場に活版式印刷技術が普及し、書物が「貴重品」から多くの人が購入可能な「商品」に変わったのは明治10年代半ば以降のことです。また、流通網は、明治20年代後半から30年代にかけての鉄道の拡大と、ほぼ同時期に拡大した出版社から小売店に書物を卸す取次業店網によって、整備されました。そして、もうひとつ大事なこととして、雑誌の消費者の拡大、つまり、義務教育体制の整備により、文字を読める人が増えたことも見逃せません。
 このような環境の変化により、それまで主に中産層であった雑誌の読者層に新たな読者層が加わりました。そのひとつは女性読者層、もうひとつは労働者層や農民層です。
 明治後期から次々と発行された「婦人世界」(明治39年発行)「婦女界」(明治43年発行)、「主婦の友」(大正6年発行)などの婦人雑誌は、女性読者層を獲得し、大正13年には、「主婦の友」が23,4万部、「婦女界」が21,2万部、「婦人世界」では17,8万部の発行部数を示しました。

キングの創刊と躍進
 「キング」は、大正13年12月(大正14年新年号)、大日本雄弁会講談社(講談社の前身)から、「一家一冊」「面白くてためになる」「国民大衆雑誌」というキャッチフレーズで、全ページルビつきの大衆娯楽雑誌として創刊されました。
 創刊号には、「職業・階級・貧富貴賎の差別なく、老若男女、知識あるものも、知識なきものも,翕然として茲に集まり、限りなき興味を以て耽読しつつある間に、自ずから高尚なる気品と、堅固なる道念とを涵養せられ、一世是に由ってその風を改むるに至らんこと」とその編集方針が語られていますが、読者がこのような雑誌を待っていたことは、当初50万部予定の創刊号が、増刷を続けて74万部も発行されたことからも分かります。昭和2年の1月号では120万部、さらに、同年11月号は140 万部と、日本で初めて100万部を突破し、都市労働者層から帝大生や旧制高校生、さらに日雇い労働者や都市細民(下級階級の人、貧民)まで幅広い読者を獲得しました。そして、「キング」に半年遅れて創刊された「家の光」(大正14年5月創刊:復刻版は本学所蔵)が農民層に多く読まれるようになる昭和6,7年ごろまでは、都市だけでなく、農村のいくつかの購読雑誌調査でもほとんど1位を占めました。

キングの特徴
 「キング」が、多岐にわたる階層や、子どもから大人までの多くの世代に読まれた理由として、その内容の幅広さがあります。文学、哲学、科学といった教養的なものから、大衆小説、新講談、新落語、童話、踊り、歌、小話などの娯楽的なもの、さらに伝記、教訓、経済の話などの「為になる」話まで、まるで今のラジオやテレビ番組のようにいろいろなものが詰め込まれています。また、「家庭セクション」などの「家庭」に関するコーナーでは、衣食住に関連する生活改善を含んだ家事技術から、民間療法、礼儀作法、さらには美容にいたる記事まで多彩なものになっています。
 「日曜の晩餐後は必ずキングを中心に家庭慰安会を催しております。短い記事を読んだり、小説を読んだり、時には考えものをしたり、遊戯をしたり、手品などまでして大騒ぎ、一家八人キングの為に笑い転げている様子を一度記者様にお目にかけたい」といった読者投稿欄の記述から、実際に家族みんなで楽しんで読んでいる様子が伺えます。
 また、家庭だけでなく、軍隊、学校、工場等でも愛読者会が作られ、雑誌を買うことのできない人たちも含めて、「共同体的・集団的受容」がなされたのも、この「キング」の特徴です。このように「キング」は、それまで書物を楽しむ機会の持てなかった層にその楽しみを提供しました。
 戦争中の昭和18年3月から「キング」は「富士」と名前を変え、戦後にまた「キング」と復題して、長期にわたって発行され続けましたが、高度経済成長に向かう前の昭和32年12月、第33巻12号をもって廃刊、33年の歴史を閉じました。

キングの不思議な運命
 高度経済成長期を経て、総合雑誌は縮小し、内容毎に専門化していきましたが、これだけ多くの階層・世代に、また共同で読まれた雑誌「キング」は、日本の近代史を語る上で貴重な存在といえます。しかし、不思議なことにそれを所蔵している図書館は多くありません。「キング」と同時代に発行されていた総合雑誌の「中央公論」や「改造」を所蔵しているところは多く、NACSIS Webcatによれば、現在、「中央公論」は520の、「改造」は201の図書館が所蔵しています。しかし、それらの雑誌に比べ、はるかに多くの読者を獲得した「キング」は、本学を含め、わずか14の図書館が所蔵しているのみです。
 本学図書館に所蔵されている「キング」は、創刊号からすべて揃っているわけではありませんが、この機会に、あなたも「キング」を手に取って当時の人々がどのようなものを楽しんだのかを探ってみませんか。

(生活科学科 水島 かな江 教授)